本を読んだ

 柴田勝家さんの「クロニスタ 戦争人類学者」を読みました。2016年3月発行ですから、私の基準では新しい本を読んだ気分です。「ニルヤの島」も以前読んでおりまして、やはり文化人類学をやっておられる方なのだなとわかります。文化人類学は大学の授業でそれらしいものをいくつか取っていた程度なので、私がまともな評価ができるものかどうかは甚だ怪しいですが。

 私が購入した版には帯がついてありまして、そこには「新世代が継承する「虐殺器官」の問いも涯て」と書いてあります。確かに伊藤計劃さんの「虐殺器官」を思わせるシーンもありました。問いの涯て、ということについては、はっきりとした印象は残念ながら持てませんでした。偏に私の力量不足でしょう。「虐殺器官」は読んだのですがあまり記憶に残っていないので、もう一度読んでみるとまた何か発見があるかもしれません。

 読み始めてみて真っ先に感じたのは「どこかで読んだ気がするな」という既視(読?)感でした。とりあえず一章を読み切ってから本棚を探してみますと、「伊藤計劃トリビュート」という本の「南十字星」を見つけました。そこには「後に刊行予定の第2長編の冒頭部分を抜き出した短編である」と説明がありました。私はこの説明を読み逃していたか忘れていたかしていたようです。

 「クロニスタ」は「虐殺器官」以外にも、伊藤計劃作品の影響がとても強く表れているように思います。「ハーモニー」的なある種のユートピアディストピア?)社会が想定されていたり、「伊藤計劃記録」内の記述を思わせるような話も出てきていました。また話の展開においては「屍者の帝国」のような構造もあるように思われました。「屍者の帝国」は伊藤計劃さん一人の作品ではないと言うべきなのでしょうが、それでも血脈のようなものははっきりと受け継がれているようです。

 それ以上に面白かったのが、インディ・ジョーンズの映画を思わせるシーンがあったことです。特に「クリスタルスカル」でしょうか、思わず笑ってしまいました。柴田さんの人類学とインディ・ジョーンズの考古学?で相通ずるのもがあるということなのでしょうか。もしくは主人公が学者肌だから似てくるのでしょうか。本書の舞台がアンデスということで余計にそう思えたのかもしれません。

 私はネタバレが、するのもされるのも嫌いなのであまり書きたくはないのですが、「自分とは何ぞや、意識とは何ぞや」というような問いが本書の中で発される部分があります。もっともそれは「人間とはいかなるものか」という問いへ帰結していくものなのですが、いずれにしても哲学的な領域に入っていそうです。哲学なんて高校の授業で習う程度にしか知らないので、こういった方面は私にとって未知の領域ですね。高校で哲学の科目を作ってもいいんじゃないの。

 本書は当然SFモノです。詳しくは前述の理由で触れませんが、コンピュータのネットワークの形態である「クラウドコンピューティング」が全面に出ていました。このクラウドと対置されうるもので「ユビキタスコンピューティング」の考え方がありますが、こちらは現在流行らないようです。理由は詳しくは知りません。ですが、もし本書がクラウドではなくユビキタスの方法で世界を描いていたら、本書で発されるというはどのようなものになっていたでしょうか。おそらく180度とはいかなくとも、かなり異なる世界像、人間観が組み立てられていたことでしょう。しばらくはこのネタで妄想に耽ることができそうです。

 私はSFが好きなのですが、いかんせん所謂「にわか」の域を出ないものでありまして、さらに思ったように本を読む時間がとれないこともあり、なかなかきちんと読めていないのです。ここまで読まれた方が何人おられるかは想像できませんが、おすすめの本がありましたら是非お教えください。ジャンルはSFに限りません。ホラーは苦手です。

 おしまい。

 次に読む本は全く決まっていません。